@article{oai:shizuoka.repo.nii.ac.jp:00000617, author = {Hamauzu, Shinji}, issue = {2}, journal = {Studies in humanities}, month = {Jan}, note = {application/pdf, シュッツはウィーンに生まれ、ウェーバーの理解社会学をフッサール現象学で基礎づけようとした処女作『社会的世界の意味構成』でフッサールの知遇を得たのち、ナチスの迫害により米国へ亡命し、現象学的社会学の創始者となった。シュッツがフッサール現象学のなかで最も重要と考えたのは、間主観性の問題圈であった。シュッツは、フッサール現象学の枠組みを継承しながらも、初めからレ超越論的現象学の問題は意図的に放棄し、「自然的態度の構成的現象学」である「現象学的心理学」にとどまることを宣言していた。そのことを知りながら、フッサールはシュッツの処女作を絶賛した。それは、晩年のフッサール自身が繰り返し主張していた「現象学的心理学と超越論的現象学」という枠組みが、シュッツの現象学的心理学(ひいては、現象学的社会学)の構想を受け入れるものだったからである。処女作脱稿直後にフッサールの『デカルト的省察』(仏語版)を読み終えた前期シュッツは、「問題の解決のための本質的な手がかりを与えている」と評価していたが、亡命後の後期シュッツは、「その解決を一歩一歩吟味」していき、「フッサールの議論にある明らかな失敗」を主張するに至った。シュッツが失敗の原因と考えたのは、「〈構成〉という概念の意味がずれていったこと」であった。しかし、フッサールの〈構成〉概念の用語法を見ると、能動態、受動態ともに再帰動詞の形が次第に多くなる傾向が見られ、この再帰動詞形に着目していく時、後期シュッツの読みとは異なる読み方が可能になるように思われる。私見によれば、フッサールが未刊草稿で求めていたのは、まさにこの異なる読み方の方向であったが、シュッツは生前にこれら未刊草稿を読むことはできなかった。間主観性の問題を、フッサールは超越論的現象学において解明しようとしたのに対して、シュッツは自然的態度にとどまり、生活世界の存在論において解明しようとしたと、とりあえず言うことができる。その時われわれは、生活世界の存在論と超越論的現象学を対立構図のなかで考えている。しかし、フッサール自身そのような対立構図で考えてはいなかった。それゆえにこそ、フッサールはシュッツの現象学的社会学を受け入れる余地があったのである。現象学的心理学と超越論的現象学の間にはさまざまな対話可能性がある。シュッツの功績は、哲学的な関心をもつ社会学者と社会学的な関心をもつ哲学者の間に対話の可能性を準備しておいてくれたことにあろう。}, pages = {A1--A24}, title = {Schütz und Husserl : Zur Phänomenologie der Intersubjektivität}, volume = {55}, year = {2005} }